TOPページ → 登校拒否、引きこもりは明るい話 → 親の会での発言から


親の会・月例会での内沢達の発言から

「登校拒否を考える親・市民の会(鹿児島)」の会報(ニュース)は、
毎月、前月の例会での参加者の発言をまとめて、発行されています。

 このページでは、2006年2月、1月、2005年11月例会での内沢達の発言を会報(ニュース)のなかから一部修正して紹介します。

目次

不安を否定せず、ともに生きてゆく (2006/2/19)

問題であって、問題じゃない (2006/1/19)

子どもは自分で解決していく力を持っている (2005/11/20)


不安を否定せず、ともに生きてゆく

2006年2月19日


 息子さんはテレビを見て自分も同じ病気ではないかと思ったんでしょう。
でも、それは病気じゃありません。僕は昨秋心臓を手術して大変な思いをしたけれど、この1ヶ月間とてもいい経験をしました。


 この間に僕の病名が1つ増えました。
1月末のことです。
かかりつけのクリニックで、横から見てると医者がカルテに「不安神経症」と書き込んだんですよ。
高血圧や狭心症・心筋梗塞という本来の病気にプラス、不安神経症となりました。
でも、これも病気じゃありません。


 僕は昨年10月末に退院して11月、12月、そして新年1月の10日すぎまではずっと順調でした。
その間調子が悪くなるのはホームページの更新がうまく出来ないとか、大学でのこととか、必ず思い当たる原因がありました。
そして調子が悪いといっても1日か2日でした。
ところが、1月10日すぎから4週間ほど、ずっと具合が悪かったのです。
すぐ息切れがしてしまうんです。


血圧は高くなく落ちついているのに、ちょっと歩くと呼吸が浅く「ハァーハァー」と息切れしてしまうんです。
先月(1月)の親の会でも、参加された方はお気づきと思いますが、僕は途中で何度か「ハァーハァー」と休みながら話していました。
今日ここまで自宅から徒歩で来たのですが、その歩きが大変でした。
前だと自宅から大学まで片道3キロを往復しても何ともないくらいに元気で順調だったのに、1月中旬から50メートル歩くのも大変になりました。



 クリニックで負荷心電図をとってもらったところ、6、7分の間に3回も不整脈がでて気分が悪くなりました。
その翌日のことですが夕食後「ハァーハァー」とものすごく呼吸が速くなり、血圧も上がってきました。
妻が電話連絡をとったところ、医者は「心電図をとれるように、すぐにも救急車で入院を」とすすめましたが、間もなく落ちついてきたので、僕は「明日一番に先生のところで診ていただいてから」と答えました。
でも、夜中にまたおかしくなり血圧も上が180を超えるほどでしたので、119番で救急車を呼び緊急入院しました。


 そんなことを聞くと「たっちゃん、大丈夫なの?!」と心配されるかもしれませんが、まったくどこも悪くないということが段々本人にもわかっていきます。
かかりつけのクリニックの医者は深夜なのに病院まで駆けつけてくれて、「心電図その他まったく異常なし!」と妻や僕に笑って帰っていくほどでした。
入院といってもたった一泊でしたし、翌週、医者から「ウチザワさんはメンタル面でちょっと・・・」ということで、「不安神経症」というありがたい診断をもらったわけです。(笑い)


 どうして僕が呼吸も速くなって息切れがしてやがては血圧も上がってきたかというと、すべては身体的な異常からではなく、精神的な不安から起こったことです。


 僕は昨秋倒れて、心臓バイパス手術の後、しばらくは知りませんでしたが、相当に危なかったようです。
手術直後、主治医は妻に僕が助かるかどうか「五分五分」と言ったそうです。
「危ない、ひょっとしたら・・・」という恐怖が僕にはずっとあるんですね。
この間、かかりつけの医者は、血液検査や心エコー、心電図の結果から「どんどん良くなって回復してきています。心配ありません」と太鼓判を押してくれています。
僕はそのことを頭では了解しているのですが、気持ちでは納得していないんです。



「良くなっているんだったら、なんでこんなに息切れがするんだ?」
「どうして歩けなくなったんだ?」
「入院中だって、もっと歩けた!」
「いまではホームページの更新がうまくできないからといって、いらいらはしない。なのに、どうして血圧が高いんだ?!」
「職場のこともうまくいっているのにおかしい?」
などと、どんどん疑問が出てきます。つまるところは「どこか悪いところがあるんじゃないか?」という漠然とした心配や不安です。


 でも、こうした不安は僕に限ったものでないことが分かってきました。


 今から、80年も昔、昭和の初め、1920年代の本なのですが、慈恵医科大学精神科教授の森田正馬(もりたしょうま)が心臓神経症といって、僕にもぴったりの例を紹介しています。
心臓自体が悪いわけでないのに、それを疑って注意を集中すればするほど、心悸亢進(しんきこうしん)が起こってきます。


横隔膜がせり上がって呼吸が浅く早くなってきます。
心臓のことを「心の臓器」とはよく言ったもので、身体であっても心のありようと切っても切り離せません。器質的にはなんの問題がなくても、心のありよう次第では、素人から病気を疑われるような身体の状態になってしまいます。


 不登校や引きこもりの子どもは、概してヒマで時間がいっぱいあります。
そこで、考えなくていいことまでいろいろと考えてしまいます。
僕もいまはかなりヒマです。(笑い)
30年近く勤めてきて、初めてもらった休暇のような面もあり、時間があるものですからついよけいなことを考えてしまいます。
「どこか悪いところがあるんだ!」と。
そうすると身体がおかしくなるんですね。
これはおかしいと思うからおかしくなるんです。


 みなさん、暗がりで自分の歩く音に驚いたことはありませんか。
僕の大学の研究室は4階にあって、古い建物ですので足元を照らす非常灯もなく、深夜真っ暗な階段や廊下を歩くとき、変な想像を働かせると怖くなります。
そして急いで建物の外に出ようとする自分の足音にまた怖くなります。(笑い)


 森田正馬は、不安や恐怖は誰にでもあることで、その「あるがまま」を受け入れよと言っています。
僕の場合だと、「ハァーハァー」と過呼吸が始まったら、それをおかしなこととは考えないで、なるがままにまかせよということになります。
過呼吸のようなことをなくそう、なくそうと考えると逆に「ハァーハァー」はいつまでも続きます。
これを自然なことと受け入れたとき、なんとなくなっていくということになります。


 2月に入ってから一度、少し強めの発作がありました。また「ハァーハァー」と呼吸が速くなり、血圧が相当上がりました。
「今度具合が悪くなったらこれを飲みなさい」と言われ処方されていた精神安定剤を飲んでもよくなりません。
(「えっ、たっちゃんが飲んだのですか?」「ええ、飲みました」。笑い)


そこで医者にトモちゃんから電話してもらいました。医者は「ニトロをなめさせ、放っておいてください」と言ったそうです。
ニトロをなめるとじき落ちつきました。
不思議ですね。
ニトロは狭心症の薬、血管拡張剤です。


血管の狭さくはないので関係ないはずなのですが、精神安定剤は効かないのに、ニトロだと効く。
すべては心のありようで説明がつきます。
昨秋、心筋梗塞で倒れたとき、その痛み、苦しみをニトロが即効的に軽減してくれた、ニトロがまず第一段階で僕の命を救ってくれたという、この薬への信頼感が他と全然違います。
また医者が僕を放っておいてくれたことが大きいんですね。



 森田正馬は、神経症について「これを病気として治療しようとしてもけっして治らないが、ただこれを普通の健康者としてとりあつかえば容易に治るものである」と言っています。
誰しも人前で緊張して赤くなったり、声が震えたり、心臓の鼓動が激しくなったりするという経験が多かれ少なかれあります。
それにとらわれすぎると病気のようになっていくのですが、それは病気じゃありません。


 僕の場合も、狭心症や心筋梗塞は病気ですが、「不安神経症」と診断された、この一ヶ月の状態は病気ではないということになります。
この一ヶ月、とてもいい経験をしました。
不安から逃れる道はその不安を否定するのではなく、不安をそのまま認めて、不安とともに生きて行けばいいんですね。



問題であって問題じゃない

2006年1月15日


 つまり親の会で言われることもわかるけど、親として何かしなくていいのか、という気持ちが他方であるわけですよね。

「AであってAでない」(と板書・・・)

 僕が書いたなかで一番長いものですが「ことわざ・格言と登校拒否・ひきこもり」というのがあります。
「登校拒否も引きこもりも明るい話」と言った板倉聖宣さんが作った「ことわざ・格言」を使って、問題の見方、対処の仕方を深めています。
「ことわざ・格言」を意識的に使って考えていくと、以前だと否定的にしか受けとめられなかったことも、違った明るい肯定的な見方ができるようになっていくんですね。
いつも「AはAに決まっている」わけではありません。よくよく考えてみると「AなのにAじゃない」ということも少なくありません。


 このことをMさんの三男さんの場合を例にして言いますと、お母さんは三男さんの状態を否定的に見ていますが、果たしてそうなのかということにもなります。
しゃべらないし、食べないし、すごく辛そうだし、かわいそうだという見方をお母さんはしています。
でも、そうではない見方が、辛そうで辛くない、かわいそうでかわいそうではないという見方ができるんです。
「AであってAでない」のです。


 しゃべらない、食べないということは、普通だと大変辛そうに思われますが、じつは三男さんの今、現在はその状態が一番自分にあっているからそうしているんです。
もちろん辛さも間違いなくあるでしょうが、それはお母さんが心配している「食べない」「しゃべらない」というところにはありません。
「食べる・食べない」「しゃべる・しゃべらない」を比べると、今は「食べない」「しゃべらない」ほうがはるかに辛くなく、楽だから続けることができているんです。


 三男さんにはいろいろないきさつがあって、いまは食べなく、口をきかなくなっています。
そのこと自体は心配しなければいけないことではありません。問題のように見えることも問題じゃないんですね。
むしろ、お母さんが「大丈夫だろうか、大丈夫だろうか」と心配していると、息子さんは今の自分を肯定できなくなってしまいます。
問題といえば、「食べない」ことではなく、そちらのほうが問題です。


 Yさんの娘さんの場合も同じですね。
娘さん・A子さんの拒食も心配ありません。以前のBさんの娘さんの例からも心配ないと言えるんです。
人間は食べたくない、食べられないときがあるわけです。
だけどお母さんが心配でしようがないというふうに見ていたら、どうでしょうか。


 昨年11月の例会にいっしょに参加されて、娘さんは「参加してとてもよかった」と言ってくれたそうです。うれしいですね。
でも、娘さんは非常に気をつかっています。帰りの車の中でA子さんは、お母さん(Yさん)に「私のことで心配かけてごめんね」と言ったそうです。


お母さんは「いいのよ。あなたのことで私がいろいろとやるのは当たり前じゃないの。」と答えられたそうです。
普通ですと、このお母さん(Yさん)の答えで十分ということになるんでしょうが、親の会16年の経験からは、違った評価になります。
是非、視点を変えていただきたいんですね。



 僕は、「親だからわが子のために一所懸命になるのは当然」という考え方について、とても疑問に思っています。
どうしてかと言うと、その考え方では、なんとおっしゃろうとも、相も変わらず問題を子どもの、息子や娘の、つまりわが子の問題ととらえているからです。
それでは、親が一所懸命になればなるほど、子どもは辛くなります。親の会には、まず親が自分自身のために来て欲しいと思います。


もちろん結果として子どものためにもなっていくですが、鹿児島の親の会は「子どものため」という考え方で会をやってきていません。
初めは無理からぬことなのですが、その点を勘違いされたままでは、子どもは「お母さん、心配かけてごめんね」と言い続けることになっちゃうんですね。これは子どもを応援しているようでいて、じつはその反対で、子どもの辛さを助長しています。



 僕はなにもここで、「子どもの問題ではなくて大人の問題だ」とか、「社会の問題だ」などと言おうとしているのではありません。
そもそも、「普通問題だと思われていることは問題なんかじゃありませんよ」ということを言いたいわけです。「AであってAでない」んです。
その見方がないとわが子を辛くさせるだけでなく、まず絶対にと言ってもいいほどにうまくいきませんから、次には自分を「なんてダメな親なんだ」と責めはじめ、自身までも辛く苦しくさせちゃうんです。


 Mさんの三男さんも、Yさんの娘・A子さんも、いまは拒食という形で辛さをあらわしています。
それを他に仕方がないからではなく、自然なこととして肯定する、認めることがすべての始まりです。
ある子は拒食・過食、別の子は家庭内暴力、はたまた深夜徘徊とか、閉じこもりとか、辛さのあらわし方が違っているだけです。
大変なことや辛いことが続くと普通「そんなんで大丈夫?」と心配されるような状態を子どもは呈するようになります。
「大変なときにちょっと異常のようになる」というのは、その子がなにもおかしくなく、正常であることの証明だと僕はこの会で何度も言ってきました。



 さきほどBさんは、そのときは大変だったけれど、そのときがあったからこそ、今はすごく自分を大切にできるようになったと話されました。
だからそういう点からも、心配しなければいけないような問題ではないんです。
逆に「でも心配・・・」と考えてしまうほうが問題なんです。


 親はわが子のことについては特別なことはせずに、普通にしていたらいいんです。
「子どものために」ではなく、自分自身のために、子どもの状態に関係なく、毎日を楽しまれたらいいんです。そうした親を見て、子どもも「自分も今の自分のままでいいんだ」と自己肯定のきっかけをつかんでいくんです。


ひとつ僕からの質問ですが、A子さんが今食べられるものは何ですか?

(A子さん:スイカとキウィ、りんごの汁です)

 今はそれしか口にできないんですね。
そのA子さんの今を異常視せずに認め、肯定する。ただしです。「肯定する」ということは特別扱いをしないということも含んでいます。
今店に行けばりんごやキウィはいっぱいあるでしょうが、スイカはどうでしょう? お母さんが普通に買い物に行ってスイカがあったならいいんですよ。
そうじゃなくて、それしか口にできないのだからとお母さんがいろいろな店を探し回るようだったら、それはおかしいんです。
子どもを大事にしているようでいて、じつはそうではないんです。それは子どもの辛さに手を貸していることになります。


 A子さんは以前にはプリンや乳製品しか食べられない時期があったそうです。
今はそれが果物のほうに変わってきています。時期によって変わってくるんですね。
主人公は人間のほうで、食べ物ではありません。食べ物や嗜好の変化に振り回されることは、子どもを尊重したことになっていません。


 親が「この子はいまこれしか食べられないから」といって、その食品の確保に一所懸命になると、子どものほうの内面は「迷惑をかけてごめん」ということになってしまって、今の自分の状態を肯定していくきっかけをつかむことができないんです。


Mさんの三男さんの場合も同じです。本人が点滴だけでも受けたいと言うのならいいけれど、全然望んでいない。
嫌がっているのははっきりしているんだから、食べないことを認めてあげて、冷蔵庫に食べ物をそれなりに準備しておけば十分じゃないんですか。
他に食べたいものがあればスーパーやコンビになりに本人が買いに行けばいいだけの話です。


ここでも親の会の三原則が大事なんですね。
食べない、言葉を交わさない息子さんを異常視しない、家庭内暴力のときだけでなくて、子どもの言いなりにならない。
お母さんは息子さんがこれとこれしか食べられないと思い込んでそれだけを用意しているとすると、それは言いなりになっていることでもあるんです。
腫れ物にでもさわるかのように子どもに接しない。子どもをガラス細工のように扱わないということが大切ですね。


子どもは自分で解決していく力を持っている

2005年11月20日


 少し長めに話させていただきます。
 Sさんの息子さんが言う「俺が不登校になって引きこもってよかったことはほとんどない」という言葉は確かに否定的です。
「俺なんか生きていてもしょうがない」と毎日のように繰り返し言うのも、いっそう否定的でしょう。
確かに、言葉どおりに本人が思っているのは、何割かはそうだと思います。
でも、そうではない気持ちも同じく何割かはあるから、そう言うんです。


 前から申し上げていますけど、子どもの発する言葉を額面どおりに受けとめてはいけないことが少なくありません。
さっきのHさんの息子さんの場合もそうで、親をつかまえて「お前!」などと好き勝手なことを言います。
他人が聞くと「なんという息子さんだ」と思われるかもしれませんが、いや、親にそういう口調で話せるということは、そう悪いことではなく、親子がいい関係になっているあらわれでもあるんです。


 僕自身のことについては前からお話していますし、書いてもいますが、かつてまだ40前だった僕は、小1の娘から「くそジジイ!」と言われました。
僕はこのとき勝ったと思いましたね(笑い)。


 妻のほうにいつもメールをくださる方で、遠く千葉から一度鹿児島の例会にまで参加された方ですが、中学生の次男からとうとう「くそババア!」と言われたそうです。
とってもかわいらしい、若いお母さんです。
僕はそれを聞いて、かなりイイ関係になってきたなあと思いました。


 子どもはある時期「お前」とか「ジジイ」とか「ババア」とか言うものです。
親に遠慮があると言えることではありません。うわべとは違って決して親を否定していません。


 Sさんの息子さんが「俺が不登校になって引きこもってよかったことと言えば、お前たちの生活を豊かにしたことくらいだ」と言ったそうです。
これはスゴイですね。
息子さんが引きこもるようになってしばらくしてから、Sさんはご夫婦でよく旅行などに出かけるようになりました。


その両親のありようを息子さんは喜んでいるわけです。
自分のことを否定ばかりしているようでいて、じつはそうではない。
両親がとても仲良くなってきた。
そうなるうえで、自分の存在も大きかったのではないか、捨てたもんじゃないと言っているわけです。
でも、そうした口に出した部分だけでなく、口には出さなくても「俺って案外これでいいんじゃないかな」とも思っているから、親には安心して否定的なことも口にするわけです。



 だから、子どもが否定的なことを口にしたからといって、その通り否定的に受けとめてはいけないんですね。
無意識のうちに、「今の自分でもいいかもしれない」という気持ちを自分のなかで確認し、親にわかってもらいたいという期待がそこにあるわけです。


 僕らの会は子どもをどうにかしようという会ではありません。
子どもが悩んでいる、苦しんでいるときに、親が力を貸し援助の手を差しのべるのは当たり前だと思われるかもしれませんが、その考え方を根本から再検討していただきたいと思うんですね。
子どもは自分で解決していく力を持っています。
その力を削がないでほしい。
もし自分が子どもの立場だったら、他人からはもちろんのこと、親からであれ、兄弟からであれ、そうされることは心地いいのかどうか、ということを基準にして考えてほしいと思います。


 これは、不登校や引きこもりなど、子どもがそうなったことはしょうがないからあきらめて次を考えようということではありません。


 親は勝手なもので、子どもの不登校もいよいよ本格的になると、もう学校には行かなくていいから家で勉強してくれないかとか、また引きこもって自分を責めだして元気がなくなってくると、もう勉強はどうでもいいから健康で元気だけはあってほしいとか、じつに身勝手に次を考えようとするんですね。


 でも、「今、現在を否定して次を考えようとしても絶対にうまくいかない」というのが鹿児島の「親の会」16年の経験からはっきりと言えることです。
子どもにとっても親にとっても、表面を見ただけでは否定的にしかとらえられない「今現在の状況を肯定できるかどうか」ということが一番大事なことです。


 そのことは僕の病気についても言えます。
今回の僕の病気と不登校や引きこもりは、もちろん同じにはできませんが、僕自身の課題がどこにあるのかという点では、やっぱり「今、現在の状況を認める」という点で共通しています。


 病人が今現在の自分の状況、つまり病状を認めるのは当たり前じゃないか、と思われるかもしれませんが、僕は入院・手術後しばらくそのあたり前のことを認めることができませんでした。
手術後一週間ほどして妻から自分が相当に危なかったことを知らされショックでした。手術前、入院はしているのですが、どんどん悪くなっていって、痛みや息苦しさ、意識が朦朧としてくる感じはわかりますが、大変な病状とは僕自身思わないわけです。


なにしろつい一週間か10日くらい前までの、元気いっぱいのイメージしか自分にはありません。
バイパス手術一般の心配(手術死亡率1〜2%など)はあっても、自分自身が危ないとは全然思わなかったわけです(主治医はこんなに病状の悪い人は、年間数百おこなわれる手術のなかでも、数例だと)。
医者もどんどん悪化していく病人本人にそうしたことは言うはずもありません。
妻が生きた心地がしなかったということを僕は後で知るわけです。


 手術前にわからなかったことは無理ありませんが、妻から知らされた後もなかなか今現在の自分を認めることができませんでした。
あんなに元気だったのに、今はなんで声が出ないんだ、すぐに息切れするんだ、ベッドで起き上がるだけでもどうしてこんなに大変なんだ・・・といった調子なのです。


 これは、子どもや若者が元気で調子が良かったときの自分と比べて、今、現在を否定してしまう心理とそっくりです。


 僕の場合は、病気であったり、手術であったり、きっかけがはっきりしていますので、「今、現在を認める」という点は、比較的容易で時間の問題だったとも言えますが、やっぱり共通していると思います。療養生活も、今現在を認めることができてこそ、いいものになっていくのだと思います。

 僕がこうして元気になってきたのも皆さんのおかげで、また妻のトモチャンがおればこそです(拍手)。
トモちゃんにこの場をお借りして感謝します。(笑い)


 ところで、そのトモちゃん、つれあいの僕が生死の境をさまよったものですから無理からぬ面もありますが、今現在、ちょっと血圧が上がったくらいで、「大丈夫? 大丈夫?」とものすごく心配するんです。
これって、僕は困ります。
そういう感じで迫られると、僕は気をつけて調子が良くなるかというと反対で、ますます血圧が上がってきます。


 子どもや若者の場合も同じじゃないでしょうか。
親が子どものことを案じて「心配だ、心配だ」といった感じで接すると、子どもはその心配にこたえて「しっかりしよう」「頑張ろう」とするでしょうか。
反対に、しないのではないでしょうか。たとえしようと思ってもできません。
自分自身をなかなか認めることができないところに加えて、さらに「親にまでこんなに心配をかけている自分はだめだ」と自己否定をいっそう強めることになります。


 僕の場合は、年齢が年齢ですし、心臓病ですので、血圧やコレステロール、食事、睡眠、運動のことなど、気をつけなければいけないことが山ほどあります。
しかし、子どもや若者の場合、そうしたことはほとんどありません。
親として気をつけなければいけないことは、おいしいご飯をつくってあげることくらいです。
その先は、ご飯をちゃんと食べてくれるかどうかだって、心配しなくていいことです。


 僕の術後の状況のように大人にも言えるのですが、子どもの今、現在を親が否定的に見るようではいけません。
そもそもからして、登校拒否や引きこもりは明るい話で、辛く苦しいものではありません。
それは、自分が自分の人生の主人公として生きていくことに気づかされる新しい出会いです。


 人生は50年時代から80年時代に変わってきています。
 人生は短いより、長いほうがいいでしょう。
昔の50年時代なら、僕はもう死んでいましたし、今回のような病気になることもなかったわけです。
病気にはならないことにこしたことはありませんが、病気になったからこそ気づくことも少なくありません。
いまは療養中ということもありますが、かつてなくゆっくりと毎日を送っています。
完全にということはなくても、相当に体力が回復するであろう半年後や1年後も、以前と比べるとはるかにゆったりとした人生を送っているように思います。


 不登校の子どもや若者の場合も同じことが言えると思います。昔の50年時代だと余裕がなく、ゆっくりとできませんでした。
どこの家も貧しく、そのうえ兄弟も多かったので、早く独り立ちが求められました。
自分の人生なのに、周りに合わすばかりの人生でした。


それが今ではどうでしょう。
豊かさは隔絶の感があります。
子どもの一人や二人、20代であっても30代であっても、ご飯を食べさせることはどうっていうことありません。
人生は長くなってきているので、昔と比べると試行錯誤ができる幅もぐーんと広がってきています。


 人生が長くなってきているということは、時間が増えてきたということです。
一日の時間は変わらなくても、生活にゆとりが出てくると考える時間が増えてきます。
そのとき人間というのは、考えなくてもいいことまでいろいろと考えてしまいます。
若者だと年頃ですので、自分の容姿が気になっちゃう。背が低いの、足が短いの・・・というように。
そういえば僕の場合は、高校時代に自分のひざ小僧の不恰好さが気になってしょうがなかった。


気にしなければいけないことではないのに、本人は気になってしょうがない。
子どもがときに不安を口にするのは、そういう背景です。
時間があると、つい、いろいろと考えてしまいます。
それだけの話です。親がいちいち心配するようなことでは、もちろんありません。


 僕も入院中、することがなくボーっとして病室の天井ばかりながめていると、天井のちょっとした汚れなどがいろいろなものに見えてきて、トモちゃんは「たっちゃんはアタマがおかしくなったのでは?」と真面目に心配してくれた時期もありました。
幻覚や妄想が僕にあらわれたということは、それだけ病気と手術が大変だったということで、僕が正常であることの証明でもあります。
子どもの場合も同じです。
大変なときには、大変な状況をあらわしてくれます。
それは、子どもの健全さの証明です。



 それにしても、Sさんの息子さんが「俺が引きこもってよかったことはお前たちを幸せにしたことだけだ」と言ったことは、やっぱりスゴイですね。
Sさんご夫婦は、いま人生をいっぱい楽しんでいらっしゃいます。先日は映画「三丁目の夕日」をご覧になったそうです。
9月の例会の後は、佐賀の唐津へ旅されたとか。


でもまだ1泊ですね(笑い)。
それじゃあまだまだです。
まだどこかに、2泊、3泊以上になると子どもが心配だという意識があるのかもしれません。
それでは、子どもたちに失礼だと僕は思います。
息子さん、娘さんを信頼して、2泊どころか、3泊、4泊の旅行にも出かけるということが、Sさんご夫婦の課題だと思います。


 僕らの親の会は、子どものことは子ども自身が自分で道を開いていく、という当たり前の考え方をとっています。
親が、うちの子は問題ない、誰だって悩むときがある、苦しいとき辛いとき、それをわかりやすく表してくれているだけだ、と自然に考えられるようになったとき、そしてそのことを親自身が行動であらわすことができるようになったとき、子どもにも良い影響がでてくるように思います。


「このところ、うちのお父さん、お母さんはえらく楽しんでいるなぁー。
僕(私)のことなんか、何も心配していない!」。子どもから見て、そんな感じになれるかどうかです。


 子ども自身が答えを出していくんですが、その大きなきっかけを親が作っていくということなんです。
ご夫婦でない場合であっても、父親、母親それぞれが、親としてというよりも、一人の人間として、自分の人生をいっぱいに楽しまれる。ですから、Hさんの場合も息子さんの更生のためにも、Hさん自身がもっともっとわがままになっていくということが課題のように思います。




このページの一番上に戻る→


 TOPページへ→ 



Last updated: 2006.4.26
Copyright (C) 2002-2006 「たの研」内沢達のホームページ(http://tachan.web.infoseek.co.jp/
uchizawa@edu.kagoshima-u.ac.jp